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2018年6月14日木曜日

奈良遠征記2018:決戦のとき(6月10日:午前の部)後編




どうも個別指導スプリングの塾長です。










今度こそ本当に上江洲先生のお話


人から聞いた話をこういう形で伝えるとき、私の能力では必ずズレが生じてしまうような気がします。

だからあまり書きたくないのです。

ですからここから書くことは私が上江洲先生の話を聞き、メモを取り、そのメモを眺めながらかなりモグモグしてからごっくんした内容です。

ここまで引っ張ったのもそのためで…。

ですのであくまで私の感想文であって、上江洲先生がお話された内容のすべてがここに書いてあるわけではないです。

授業でもそうなんですけど、どうしたってその場の空気のなかにいて先生が話す内容を感じとることと、その授業で板書したノートを借りて読むのでは、確実にズレますよね。

本当に一人のおっさんの感想文です。

ですので、ここからは私の解釈であり、私の言葉でお話します。

そんなものに需要があるのかはわかりませんが(笑)

はっきり言ってこのブログは私が今回得たものをアウトプットして整理するためのポエムです(笑)

お許しを。





戦闘開始



多分、私だけではないでしょうが、私はあの空間の中ではかなり冷静に聞いていたほうだと思います。

それは私の上江洲先生歴が浅いから。

みんなが凄い凄いと言うけれど、本当にどこまで凄いのかおそらくわかっていなかった。

この会を信者の集まりと揶揄する声もあったけど間違いなく私は信者じゃない。

なんなら柏ヤンキースに会えるぞラッキー!くらいの気持ちだった。

どっちかと言うと柏ヤンキース信者の私。

だから私はお会いするまで上江洲先生のブログを読まないことに決めていた。




くもりなき眼で見定める


こんな感じ?

もうアシタカの気分です(笑)

だから上江洲先生マンセーはしません(笑)

本当に勉強になったところだけを書きたいと思います。

最初に上江洲先生がおっしゃったのがそれですね。

「私の子分になるな」

私のメモの一番上に書いてあります。

だからこんな偉そうに書いても怒られないと思います(笑)






最初にどんな話が聞きたいかアンケートをとっていただいた。

私は「スタッフ、講師の育成について」と書いたんだけど、それが一番多かったみたいでかなり時間をとってお話を伺えた。

この質問が多かったのは多分ビルの前から順々に教室まで案内してくれるスタッフの方々のすんごい対応ぶりにみんな感嘆したからかもしれません。

それからいくつかの質問に答えて頂いたのだが、個人塾の経営者として、一人の塾講師として経営から教務の話まで短い時間でしたが目から鱗のお話をたくさん聞かせていただいた。

いろいろ実践できそうなこともあったが、それ以上にそのための土台となるお話が今回のメインテーマ。



自分を客観視するお話。


これがおそらく今回の会の目的にもつながっていくのかなと。

私は生徒に客観視を求めます。メタ思考なんて言葉が流行っていますがまさにそれ。

勉強で大切なのは、自分が何をわかっていて何をわかっていないのか、もっといえばわかるというのはどういうことなのか、幽体離脱して自分を上方から眺めるような感じで客観視すること。

私にとって本当の自立学習ってこれであって、これができる子は強いし、何よりただの受験勉強にならない。

将来ずっと役立つ能力だから身につけて欲しいと思っているわけです。

まあ、私の考えはどうでもいい。

今回、はたして今、自分はそれをどこまでできているのか、と問われた気がしたというお話です。

私は正直いうと、それが多少できていると感じていました。

それが私の強みかなとも思っていました。

一人で悶々としながらやって来たからこそ自分と対話するしか方法が無かったので。

だから自分の弱点も理解していてそこをなんとか…といった話はよくブログでも書いてきました。

でもそれは本当に甘かったなと思い知らされました。






眼の前に上江洲先生が立ち、話し始めた瞬間思ってしまった。

『ああ、この人はやっぱカリスマやな、天才やな、みんながすごいすごいって言うのわかるわー』って。

その立ち方、話し方、すべての振る舞い、そして出てくるお話の内容すべてからそう感じてしまった。

で、それを上江洲先生に全否定されたかたちです。





それがすべて綿密に築き上げられた虚構であるというお話だった。

すべてそれは意識してやっていると。

そうなるとね、お腹の中がムズムズしはじめましてですね(笑)




正直言うと、これが天性のものであって欲しかった。

なんだよ、天才だからできるんだー、ゴイゴイスー!で済んだ。

なのに、そうじゃないと言われてしまったわけです。

これは全部私が努力して築いたものですよってかる~くいわれてしまった感じ。

自分もストイックに一人で戦ってきた。


でもこの人のストイックさは次元が違う。

もっともっと当たり前のこと、その当たり前のことまで常に客観視して自分を変革する。

多分こんな感じ。

誰でも塾講師を始めたとき、自分の教室・塾を持ったとき、この頃がいちばん色んなものを吸収して成長する。

ところが私達くらいの年齢になってくると、キャンバスに何らかの色がついてきてその色が邪魔をして新しい色を塗る場所がなくなってくる。

そして成長が止まる。




でもそこでお金や、評判、何かの技能を持ってさえいればそのまま事業を拡大したり、お給料が増えたりして自分が成長しているかのように錯覚する。

もちろんそれでも苦手なことや弱点はわかっている。

で、そこばっかり見て思い悩んだりする。

でもそれは自分ではなく、他の人のなかに自分にないものを見ているだけなのではないのかなと。

そして自分ができていること、これ以上はないと思い込んでいること、こんなの大したことじゃないなんて思っていること、そんな当たり前のことを意識することはなくなるわけです。

当たり前を意識しなくなる、つまり客観視しなくなる。




そして成長が止まる。




でもそこで成長を止めなかったのがこの上江洲先生なんだろうなと。



当たり前のものに誰も価値なんてあるようには思わない。

でもそこを常に客観視するわけです。

神々は細部に宿る

これが本当にすごく大事だと思った。

だから道具にこだわるひとなのかなとか思ってみたり。

すごくちょっとしたこと。

でもこれを意識せずにできるようにするためにどれほど続けてきたのだろう。

なんかネテロの感謝の正拳突きを思い出した(笑)


(知ってます?音を置き去りにするやつ笑)

普通の人なら気にも止めなかったであろうことを常に意識し、客観視することで会得したものが、上江洲先生のカリスマ性のような空気を生み出しているのだろうなと。

これが一番私が感じたこと。

常に自分を客観視している。すべてを意識して生み出している。

自分を自分でプロデュースしているような。

それが作りものだと言うならば、到底周囲にはわかるはずもないレベルの人工美とでもいうべきか。

いやもしかしたら人工物だからこそ美しく感じたのかもしれない。

天然、いや天才なら実際なにも感じなかったかもしれない。

やっぱりゴイゴイスーって言っておしまいです(笑)

でもそうじゃないよと…。

そうおっしゃっている気がしました。

本当のところはわかりません。

本当は生まれたときから上江洲先生だったのかもしれません(笑)

でももし本当に上江洲先生の言うとおりだったとしたら…





ほんとムズムズする。





なんかメタ思考のことも生徒に求めているようなレベルを自分ができているからといって勘違いしちゃってた気がする。

でもそんなレベルならそりゃできるだろうと。

私は今でもセンター試験の問題が解けるぞって生徒に自慢しているようなもの。

そりゃ解けるわ(笑)

完全に成長が止まっている証拠。

生徒に100を求めるなら自分には100万くらい求めなければ。

もっとストイックに。






話を聞き終わった後



昨日こんな風に書きました。


多分緊張してたのは、上江洲先生に初めてお目にかかるからとかではなく、これから自分のこれまでやってきたことが完全崩壊するんじゃないか…。
圧倒的敗北感を味わいながら帰るのが怖かった。
決して埋められない差を見せつけられてプライドがずたずたにされるんじゃないか。
これまで私はこの業界で完全に一人でやって来た。
誰にも相談せず、誰の意見も聞かず一匹狼として自分だけを信じて虚勢をはり、戦ってきた。
他の先生と出会い初めてまだ3ヶ月、色んな凄い先生たちとお話をして自分のいる井戸がどんなに狭いかを知り、ようやくちょっと井戸から顔を出したところにいきなりの大海の大きな波がやってくる。


結論から言うと、話を聞き終わって…思った以上にポジティブでした。

たしかに大海は大海で圧倒されましたが、外洋は思ったほどの荒波ではなかったかなと。

理由としては第1に、この会の目的が私達に熱を与えて動かすためのものだったということ。

熱なんて言葉は出てきていないのですが、私としてはそう感じた。

上江洲先生がおっしゃっていたのはこれ。

「井の中の蛙大海を知らず」

上江洲先生は孤独になるために自分の塾を創ったとおっしゃっていましたが、これが個人塾の良さでもあり、弱点でもあると。

孤独だからこそできることがある一方で見えなくなることは当然ある。

「されど空の青さを知る」

別に大海に出なくても空の青さを知ることはできるだろと。

空の青さを知るのは追従し模倣するためじゃなく自分を客観視して常に自己変革をおこすため。

上江洲先生もロカビリー先生や猫ギター先生のブログ読み漁ってたそうですが、同じ大御所でもやっぱり違う気がするんですよね。

上江洲先生は上江洲先生なわけです。

私みたいな初心者が言うのもなんですがベテラン勢もそう言ってました(笑)

これがこの会の目的というわけです。

生粋の先生なんだろうなと感じた。

先生という呼称が嫌いな「先生」がいらっしゃるので言い換えれば「先を生きるもの」でいいでしょうか。

上江洲先生はトップランナー

なんか後ろでうじうじ言いながら止まっている後進達を走らせたかったのでしょうか。

上江洲先生の座右の銘は「人は苦しみの中からしか学べない」

自身の苦しい体験も話しておられた。自信があるように見えるかもしれませんが今でも色々辛いことあるんですよ、なんておっしゃっていた。とても楽しそうに。

「楽しめよ、その苦しみを」って言われているような気がしたし、「ボケっとしとらんとはよ走れ」って言われているような気もした。

案の定、次の日のTwitterにはポジティブに走っている先生方が多く見られた。

おそらく上江洲先生の熱が動かしたんだと思います。

少なくともこれだけの人間を奈良に集めたのは上江洲先生の熱。

そしてこの奈良で熱を与えられたものたち同士がこのあと2次会場でさらに大きな熱を生だイメージでしょうか。

やっぱり熱が熱を生む。そう感じた瞬間でした。



走る!


そして「走る」といえばもう一つ。


羊と鼠先生がこんなツイートをしていました。




うん私だけではなかったようです。やっぱりみなさん感じたのではないかと。

(おそらく上江洲先生がそう仕向けたようには思いますがね笑)

これはやはり大きかった。

がんばらにゃあいかんと思った。





やはり次男は走っていた。(うちの次男くそかっこええわ。)

この人夜中の3時頃にTwitterでよく走ってます(笑)

この人はもうトップランナーちゃうのんと私からしたら思ってしまう。

まあ、次男やけど(笑)

上江洲信者がー、とか言っている人にはわからないのかもしれないけど(確かにどこかにそんな人がいるのかもしれませんが)、間違っても私の周りの信者っぽい先生方はまったくもって信者ではない笑

信者なら間違っても神を追い抜こうとは思いませんからね。

トップランナー。私が上江洲先生と出会って感じたものはやはりこれです。

みんな自分の塾道がしっかりあって、でもそこに共感するなにか、学べる何かがあるからこうして奈良に集まったわけであって。

はっきり言って上江洲先生に追いついて、なんなら追い抜かそうとしている次の世代はいっぱいいると思います。

しかもその人達が上江洲先生と同じ道を走っているわけじゃあないんですよね。

それぞれの塾道を走っている。

今回見せてもらったのはそのなかの一本の道。ただそれだけ。

私も走りますわ。

いやもう結構この2日間走ってますわ。

自分を客観視せずともわかります。

走ってます。私も亀の足で。しかもちっちゃい亀ね。ウミガメの赤ちゃんかも。

でも前向いて走るのは楽しいなと。

なにわともあれ、上江洲先生!


ありがとうございました!







あ、このシリーズまだ最後じゃありません。

(もう求められていない気はするが気にしない。私は熱い!)


次回、午後の部

「スプリング衝撃の再会!」「柏ヤンキースの襲撃!」の二本立てでお送りします。

ちょっとこのあと本当に衝撃の出会いが。

これと柏ヤンキースへの愛は書かずに終われないですからね。




今日はこのへんで。































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